「んで? 城内、城下では今のところ異常はないのかな?」 俺は気だるげな声を目の前の青年男性にむけてはなつ。2時間ほどの仮眠を取り、俺は眠気ざましの散歩兼、現在の状況の確認をするために、城門の前に立っているのであった。 「ハッ! 23:00より現在まで城内、城下共に異常はありません」 兵士のきびきびとした元気の良い声が夜の空に響く。彼も大変なはずなんだがねぇ。よくがんばるよ。 俺は「ありがと、ごくろうさま」と言い敬礼を送る。その敬礼に対してもこの真面目な兵士からは見本のような真面目な敬礼を返された。俺は普段、我が身の立ち振る舞いを振り返ってはついつい苦笑をもらしてしまった。 城門から1,2分ほど真っ直ぐ歩くと大きな彫刻が施されている噴水にたどり着く。その噴水はシンプルなデザインをしていた。 六つ足の六角形の台座のうえから三本の柱がそれぞれもたれかかるようにして中央に傾いている。そして、その頂上には大きな球が鎮座され、球から水が湧き出ているといったつくりだった。 あぁ・・・・・・聖光石を模してつくられたんだったっけか? 「ふ〜・・・・・・はぁ」 両手を組み、手のひらを空に向けるようにして背筋を伸ばし、組んだ手を解き息を吐く。 う〜む、いい気分だ。 呼吸によって肺には夜中の冷えた空気が取り込まれ、眠気を追い出すかのように体の奥がスーっと冷える。肌から感じる冷たい空気も心地が良い。ちょっと前まで暖かかったと思ったらもうこんなに寒くなってきたか。 しかし・・・・・・。 真夜中の人気の無い広場での深呼吸もなかなか乙なものだ。 緊急招集を掛けられ、慌しく王都についたときには騒がしいイメージを抱いたものだったが、今はその様子もすっかり無くなり、木々が揺れる音や、鳥の泣き声以外の音は聞こえてこない。 辺りを見回すと遠くのほうで街灯以外の小さな光がゆっくりと揺れながら移動しているのが見て取れた。 ・・・・・・見回りご苦労様です。 まったく、こんな時期に我々は何をやっているんだか。年に二度きりのお祭りの前だというのに。 まぁいい。どの道一緒に祝う人間もいないからな。 そんなことも思いながらも俺は、ここ数日の間でも僅かとも行って良い個人、一人の時間に安堵し、心の洗濯を行うべく深く外気を取り込むのだった。 ・・・・・・ ・・・・・・あぁ〜・・・・・・さぶ! ふ〜・・・・・・ よし! そろそろ戻って休憩所で待機だな。あったかいコーヒーでも飲むとしよう。 俺は肩を交互に回し、睡眠と冷えたことによって硬くなった体を解しながら城内の詰め所へと向かって歩き出した。 「あ〜・・・・・・うめぇ」 薄めのブラックのコーヒーが冷えた体に染み渡る。買い置きを俺がここに共用と一緒に放置しておいたのだが、一向に減っている気配がない。なかなか良いやつを買ったはずなんだが気を使っているのか、それとも人気がないのかどちらだろうね? どうでもいい話だが俺はブラックのコーヒーから激甘、もうむしろこれカフェオレじゃなくて砂糖ミルクじゃね? 的なコーヒーまで幅広く、それこそ拘り無く飲む人間だ。 その場その時で飲みたくなるものが在ると俺は思っている。さらに言うならば、その道にこだわりを持つ人が邪道だと罵ろうとも、物理的にうまみが消える飲み方と断言、もしくは証明されようとも、俺は個性の一つだと思っているし、極僅かだろうともそれぞれ特有の楽しみがあると思っている。 うむ、ほんとにどうでもいい話だなこれ。 人間は無駄を楽しむ生物であると何処かで聞いた気がする。つまり、それが本当ならばこのように、実にどうでもいいことを考え、怠惰にすごすというのは極めて楽しく幸福なことなのだろう。 つまり何が言いたいのかと言うと・・・・・・俺は幸福なのだ! ・・・・・・悲しくなってきた。 ふと、左方へ視線を逸らすと身だしなみをチェックするためか、はたまた何か別の用途があるのかわからないが、とにかくそこに配置されている大きめ鏡が視界に入った。 そこには、中肉中背の人物が一人。 カップを片手に、眠いのか、はたまたやる気が無いのかわからない目で俺に視線を送っている。 短めの頭髪、『シーン12、エキストラC』とかいうテキトーなところででてきそうな容姿だ。 こげ茶色の頭髪が6割がた白髪に侵食されていなければ・・・・・・。 まったく、また白髪が増えてしまったらしい。 禿げなかったのは幸運だったよ。ホントに・・・・・・。 「ふぅ〜。なにやってんのかねぇ・・・・・・俺は」 一体、ここに来て何度この台詞を吐いただろうか? 数えるのも馬鹿らしいほど繰り返し呟き、頭で再生されていることだろう。 転生。おそらくではあるが、天文学的な確率である意味死を超越するような現象をこの身で体験した俺。 さらに言うと、今はどうかはわからないが、本で読んだ程度の知識しかない曲りもなくド素人だった俺が数回程度の講習のあと現場に送り込まれながらも生き延びてきたわけだ。我ながら随分と都合よく――はないが、奇跡的な確立で生きているものだと思う。 しかし実際はどうだ? やっとつかんだ平和な日常は何処かの馬鹿野郎のおかげでお預け状態にされてしまった。 悪運が良いとはこのことを言うのだろうか? ニュアンスが違う気がしなくもないが、そう致命的に間違ってはいないだろう。 そもそも、こんなことがあろうかと事前に俺が考えうる限りの教育システムを発案し提案し作成したはずだと言うのに。ブツが高度になりすぎないよう多少の出し惜しみはしたがね。 現場を離れた(確かに歳は若いだろうが)俺が態々召集され、実働隊員として動く羽目になってしまった。契約では年に数回の講習を受け、さらには講習を行うことだったはずなんだがね。 「まったく・・・・・・うまくいかないもんだ」 最近、この身の人生を振り返ることが多くなってきている気がする。よくない兆候に思えて仕方が無いが、考えてしまうのだから仕方が無い。 俺は若干ぬるくなったコーヒーを啜ると、天井を見つめながらついつい今日何度目になるかわからない心情を声に出して呟いてしまうのだった。 ん・・・・・・誰か来るな。 しばらくゆったりコーヒーを楽しんでいると、通路のほうからコツコツと近づいてくる足音が聞こえてきた。その音は実に規則正しく落ち着いた印象を感じられる。巡回か? 今思うと生前の体に比べこの体は便利すぎる。幼い頃からそれなりに鍛錬したため当然と言えば当然だろうが。 「ここにいたか」 野太い声と共に小さめとはいえ室内への出入り口を塞がんばかりのどっしりとした大男が入室してくる。銀髪を短く刈り込んだ強面に分類されるような顔ではあったがその表情には隠し切れないほどの優しさがにじみ出ていた。 「久しぶりに顔を見に来たぞ」 「こんな時間にですか?」 俺に話しかけながら対面側の席に座る大男。俺はテーブルのわきに伏せてあったマグカップにおかわり用に残しておいたやかんのお湯とコーヒーを注いでだした。 「昼間会いにいったら処理中だったみたいだからな。後はまぁ時間が無かった」 HAHAHA。こりゃぁあぶないところだったな。 「会えて何よりですよ。下手すれば再会まで数十年も天空で待っていなくちゃならなかったわけですし」 いや、事によっては少佐がわざわざ地獄に落とされない限り永遠と会えないだろうがね。 「縁起でもないことを言う癖は直っていないようだな。娘も嘆いていたぞ」 う〜ん、このやり取り実に懐かしい。終戦以来だな。 ・・・・・・ ん? ・・・・・・娘? 「おかしいですね。少佐殿、あなたのお嬢さんとは面識は無いはずですが」 「なんだ。気づいてなかったのか? 私の姓を知らんわけでもあるまい。・・・・・・あぁ、そうかあの子は母親似で赤毛だからなぁ。ぴんと来なかったかな?」 オイオイオイ・・・・・・。 赤毛なんてこの あの こやつが内通者か、人の赤っ恥を。 まぁ、そんなことよりも。 「・・・・・・なんで態々爆発物処理班に入れたんですか。早死にしますよお嬢さん」 まぁ、愚問だろうがねぇ。案の定、俺の言葉に少佐は難しい顔をしながら低く呟くように言葉を発した。 「そんなことは分かっている。俺だって止めた。だがな・・・・・・誰に似たのか頑固でな」 貴方でしょうよ。 「そうかもしれん」 やっべ。声に出てたか。まぁで出してしまったのは仕方がない。ここは開き直りだ。 「俺としては無理やりにでもやめさせるべきだと思いますがね。まぁ、確かに物覚えは良いみたいですし、手先も器用、自覚は無いようですが図太い神――度胸もある。適正は十分ではありますが」 多少アレだが、一応ほめ言葉のつもりだ。聞く人によってはどうとるかわからないが、この人は大丈夫だろう。 小さく咳払いをする少佐なんて俺には見えない。見えないったら見えないのだ。 「お前がそういうのなら問題なくやっていけると思うのだが? 経験は足りていないかもしれないが」 とんでもないな。認識が甘い。俺は苦笑しながら、念のため冗談めかしてではあるが忠告をすることにした。 「経験と言うのは成功から得られることもありますが、大半は失敗から得るものだと俺は思っています。・・・・・・我々の仕事で言う失敗が何か知っていますか?」 俺の言葉に少佐の顔は若干青ざめる。この人のことだわからないはずがないし、想定はしていたはずだ。 実際兵士も戦時で失敗すればほぼ間違いなく死ぬわけだし、重みが違うとは俺は言えない。だが、実際に娘の危険性を現場を見てきた人間の口から告げられたわけだ。この優しすぎる親父さんが平気なわけがないだろう。 「わかってはいる・・・・・・頭ではわかってはいるつもりだ。だが、あの子がやりたいと言い、そしてそれは、結局は誰かがやらねばならぬ仕事だ。止められるわけがあるまい」 ははは、まったくその覚悟は本来俺がするべきなんだろうね。信頼、尊敬、敬愛している人物の言葉だけに心に突き刺さるよ。 「耳が痛いですね。まぁ、安心してくださいよ。なるべくそうならないよう努力はしますので。まぁ最悪、危ないときは前もってお嬢さんを退避させるとかね。後任は多いに越したことは無いですし、貴重なので」 俺の言葉に少佐の顔が歪む。苦虫を噛み潰したような顔とはこのことを言うのだろうね。意地の悪い言葉だったかな? まぁ、しかしこれで少しは安心して欲しいところだ。心は痛むかもしれないがな。 命は平等とも言うし、まさにこの人は差別なくそれを考え行動する人ではあるが、心の奥底では実の娘、肉親は別格だろう。 むしろそうあるべきだと俺は思っている。この人には世話になったし、受けた恩は俺の勝手な妄想で見当違いであろうとも返させてもらう。 「・・・・・・言っておくが、死ぬことは許さんぞ? お前はどう思ってるか知らないが――」 少佐が言葉を区切り優しくも強い眼差しで俺を見る。やだなぁ、そこまで真面目な話のつもりじゃあ無かったんだが。 「――お前は俺の親友だからな」 こりゃぁありがたい。いや、ありがたすぎる言葉が聞こえてきた。 これは認められていると見ていいのかな? まったくもって、ホントこの人は甘く、そして人が良すぎる。 戸籍や肉体的な意味では一回り、いや二回りも年下の若造にこんな言葉を真剣に贈るとは。だからこそ尊敬しているのだがね。 やばいねぇ、酒が入ってたら泣いてるかもしれない。何気に泣き虫だからなぁ俺は。 今はしらふで多少臭いなぁととか思ってたりりしているが。 ・・・・・・。 まて? 認められるようなことしたっけか? ・・・・・・あぁそうか。確かに親子だなこの人たち。遺伝だろう。 しかしまぁ俺の想像と違う可能性があったとしても、こんな言葉をかけられて悪い気はしない。 俺はこの言葉がありがたく感じ、こそばゆい気持ちを微かに楽しみ、そして、冷めたコーヒーと共にゆっくりと味わった。 でもさ、 「死亡フラグ・・・・・・か?」 これから死ぬ人に贈る言葉みたいですよそれ。 「・・・・・・フラグとはなんだ?」 俺の同郷にしかわからんだろうね。 「いえいえ、御気になさらず。それと――」 とにかく、これだけは言っておくべきだろう。 ――ありがとうございます。 |
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