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四話




「お疲れ様です」

 私は何かねぎらいの言葉をかけようと思ったけど結局、口にできた言葉はこんな当たり障りの無いものだった。

 その相手となる二人はというと、私が部屋に入ったときには、別室でレイラが作ったサンドイッチを食べ、ようやくといった様子で一息ついていた。

 久しぶりに夫と息子に食事を振舞える。と言って張り切っていたものだけあり具沢山だ。

 まだ食事を取れていない私には、とてもおいしそうに見えて仕方が無い。

 まずい、お腹が鳴ってしまいそうだ。

 その二人の様子は心なしか疲れているように見えて、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 あぁ、気持ちがどんどん落ち込んできた。私の存在に気がついたのかレジスがこちらを見る。その目から疲れが見て取れた。

「ホント、疲れたよ。来年は絶対厨房増やしてよ? 当日のこと考えると正直給料とかどうでも良くなってきた」

 レジスはぐだぁっとした様子で頼むように言う。その声色には私を責めるものを感じることは無かった。実際にそんな気持ちも無いとは思う。何せレジスだし。

 しかし、それでも私は自身の未熟さを指摘されているような気持ちになってしまった。なかなかに重症かもしれない。  

「確かにな、賄が増えるだけと高をくくっていたが、これは・・・・・・甘かったな」

 おじさんの声が続く。レジスその言葉にうなずく「予想外兼強力な助っ人が現れたからずいぶんと助かったけど」と小さくこぼしていた。

「すみません・・・・・・まさかこれほどとは・・・・・・。私の管理不足でした」

 謝罪することしかできていない自分が嫌になる。今年はもう大人として振舞わなければいけなかったのに。

 ・・・・・・出だしからこんな調子かぁ。

「いや、エリスちゃん。話を受けながら慢心した俺らが悪いんだよ。それに辛くはあるが幸い手伝いも見つかったじゃあないか。これくらいは失敗の内にはいらないよ」

 などと、思っていたら、おじさんが必死になって私に慰めの言葉をかけてくれた。

 え、ちょっと。そんなに慌てられるとその慰めに申し訳ない気持ちを抱いてしまいそうなのですが。

 でも、それでもそんな気遣いが少し嬉しく、甘えてしまいそうな私はまだまだ子供かもしれない。

 しかし、

 ・・・・・・そんなに変な顔をしていちゃってたのかな?

 居心地の悪いはずの空気。しかし、それと同時に心地よい。

 とても暖かく、幸せな世界だと。何の前触れも無く私は思った。

 父も母もいる私だけど、いつも一緒で、母のように接してくれるレイラ。その夫であるおじさん。

 まるで家族のようだと私は思い苦笑してしまう。となるとレジスは・・・・・・まぁ、弟だろうか。

 む・・・・・・。なんか、私の思考と一部において正反対な思考を抱かれた気がする。

 とにかく、私は唐突ながらも随分と恵まれているこの成生活にあらためて感謝した。

「そういえば、ジェノスさんはどこ? 先ほどまでいたと思ったのに」

 急にレジスが意図してかそれとも素か、強引に話題を変更してきた。

「どこって、ギルド員のほうで食べてるんでしょ」

 私は僅かに呆れの入った声色で答える。レジスは私が答えると微妙な決まりの悪そうな表情で「あぁ、そっか」と納得した。

 しかし、おかしいなぁとでも呟きそうに考え込んでいる。特別重要な用件じゃなさそうだし、別に聞く必要もない。

 でも、例の違和感のこともあり、私はついつい尋ねてしまった。

 「ホントすぐさっきまでいたはずだったんだけどなぁって」

 それだけかい・・・・・・。

 おじさん曰く、レジスが腑抜けたときに小さく声をかけてきたそうだ。



「ギルドといえばレジス。何時、認定試験を受けるつもりだ? そろそろ国内だけでもいいから慣らし始めろ。難しい試験でもないのだからな」

「じゃあ、そうだな。エリスが発って、二日か三日後にでも受けようかな」

「・・・・・・ずいぶんと急ね」

 レジスの言葉に私は眉を顰める。おじさんは「そうか」と言いにっと笑っていた。その顔は『よく決めた』と言わんばかりの明るい表情だった。

 しかし、その発せられた言葉に含まれる多少の寂しさが隠されているような気がした。

 私の勝手な思い込みかもしれないけど、そう間違いでもないと思う。

「今回で、実際にギルドの人たちと一緒に働くことになったわけだし。どうせだからその、気持ちが近いうちに行こうかなってね」

 レジスが理由らしきことをいっている。しかし、それは自分に言い聞かせているように私は感る。

「・・・・・・なるほどね」

 理由になってないんじゃないかと思ってしまったが、気持ちの問題なのかもしれない。決心のつかなかった事柄をようやく決めたのだ。下手に追求して挫くのは無粋だろう。

 ・・・・・・。

 なぜかレジスが生暖かい視線を私に送ってくる。

「なんか・・・・・・不愉快な思考を感じたんだけど・・・・・・」

「キノセイダヨ」

 棒読みの答えが返ってきた。コノッ――絶対なんか考えてたでしょ!

 じっとりと見つめるが、視線を逸らされた。

 まったく・・・・・・。

 しかし、いつの間にか先ほどまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んでいたことに気がつき、そんな単純な自分にため息をつく。

「まぁいいわ。それでは午後もよろしくお願いしますね」

 そして、私は気持ちを切り替え、二人に一言のこし、「あいよ」「了解」という二人の返事に送られながらフィリップと確認を取りに向かうのだった。

 二人の負担を何とかして軽くしなければ。





「明日、追加分の羊肉と果実、えっと、リンゴとイチゴあとブドウとかね。あ、あと海魚と貝、あと海草が当日の朝届くみたいだから、その日の朝の内に支払い頼むよ。まぁ、市場で先でも後でも支払い済ませれば大丈夫だから今からでもかまわないんだけど。無いとは思うけど追加があるときは親父からエドワードさんに話がいってるはずだから確認しといて」

 りんごにイチゴかぁ、デザートが楽しみで仕方が無い。普段食しているデザートがアレなだけに。

「は〜い。予算は足りそうなの? なんかあったら早めにね?」

 父さんと共に、市場に再度確認へ行ったおじさんの変わりとして、レジスが現時点で確定した事項を私へ報告してくる。屋敷にいたギルド員はすでに解散し、いつも通り静かへ戻っていた。

「予算内だよ、きっちり値切ってきたからね。浮いた分は他に回したけどいいよね? あとは――とりあえず思いつく限りではないはずだよ。問題なしさ!」

「ならよし!」

 レジスは報告を終えるとサムズアップをし、私も同じように返す。私たちはニッと笑いあいながら利き腕の拳を合わせ、この国特有の確認の儀式を行った。

 そんなやり取りを玄関の中央でレジスと行うのも久しぶりな気がする。そんな干渉を抱きながら、会話の様子は極めて和やかに進んだ。

「相変わらず、まぁ変わるはずは無いけど、この屋敷は広いなぁ」

「エェ〜、何その、さも懐かしいみたいな言い方」

「俺は一年ぶりなんだけど、この屋敷来るのは」

 ・・・・・・そうだっけ?

 首を傾げる私にレジスが呆れ顔だ。

「そうだよ、エリスは用事があるたびに母さんと一緒に遊びに来てたけど」

 そういえば、あそび(組み手)以外では会わないからなぁ。学園にいた頃は良く会ってたけど。

 レイラがいなければ接触は無かったかもしれない。

「あらためて考えると家の宿より広いとか・・・・・・敗北感が」

 レジスはぐるっと見渡しながらぼそっと呟く。

 私にとっては見慣れた広間。古ぼけた絵画や、壷などのアンティークでは片付けられないほど古いフィリップのコレクション以外派手な装飾品は置かれていない。

 しかし、その部屋は確かに広く、レジスの呟きによって発生した声量は小さくも響くように反響すると共に吸収されていった。

「この屋敷は貴族のものほど広くは無いって聞いてるよ?」

「とりあえず比べる対象が間違ってると思う」

 まぁ、私もそう思う。確かにこの家は広い。それに加えてここにはレイラを含む数人の使用人兼従業員とフィリップだけしかいないこともあってガラガラだ。

「ところで、急にギルド試験受けるってきめたけど、解決でもしたの? いろいろ悩んでたのに」

「あぁ、そのこと。いやさ、荒事専門ではないんだろうけど、ギルド員のジェノスさんから『大丈夫』っていう後押しをもらったからね。それもあるかも」

 へぇ、あの人がね。確かに仕事はできる人だ。

 だけどなぁ。

「・・・・・・社交辞令じゃないの? いかにも人がいいって感じだし」

 ついでに言えばギルド員の実力も信用ならない。

 ティファの件もあるしね。

「人がいいじゃなくて、いい人・・・・・・だろ。少ししか言葉を交わしてないけど、安易な社交辞令をする人では無いと思うよ。あくまで勘だけどさ」

 そんなレジスの言葉を聞くと私はニッと笑いながらも、鼻で小さく笑う。そして、やけに自信がある様子を見て私は多少ながらも安堵した。

「そっか。あんたのそういった勘は当たるみたいだしね。そういうことにしとくわよ。でも、あんま鵜呑みにしちゃだめだからね」

 コイツの勘は当たるから。私は、後半の言葉をレジスにそれと同時に自分にも言い聞かせるつもりで言った。

「分かってる。・・・・・・ジェノスさんどういった仕事してたのかなぁ。武器は携帯してないみたいだし、さらに言えば重心もバラバラだったんだけど。なんていうか隠してそうな気がしてさ」

 そこまで見てるレジスもどうかと思うけど。

「気のしすぎじゃないの?」

 まぁ、でもレジスにギルドで働くための判断材料が欲しいのかもしれない。どんな人か分かれば、何処まで信用できるか分かるだろうし。

「実はさ、ちょろっとギルドの履歴見だんだけど。そのぶんだと広く仕事してるみたいだったよ? どれが何かわからないけどね。たしか――仕事暦は4年。内容は、少なかったのはG〜Eが一桁で、あとAも5つだったかな? 他は3桁とか4桁に近いものもあったわね」

 記憶に残っている漠然とした内容を伝えると、レジスは信じられないことを聞いたと言わんばかりの呆けた顔をする。

 そして、興奮を抑えるように押し殺した声で私に気になったと思われる項目を確認してきた。

「・・・・・・Aがなんだって?」

 レジスがちょっと怖い。

 私はついつい一歩引き、重心を後ろに傾けながらレジスの問いに答えた。

「え、えっとさ・・・・・・だから5つ。最初に目に入ったからそこだけは正確なはずよ?」

「エリス・・・・・・Aランクの依頼って知らない? いや・・・・・・しらないんだろうけどさ、予想つかないかな? ランク分けとしてはあからさまな気がするんだけど」

 A・・・・・・始めの文字? ああもうわからない。

「知らないわよ。アレって職種別に分けてるって話でしょ? 基本とか無難な職ってこと?」

「まさか! Aランクなんてそうそう受けるもんじゃないよ! ましてや僅か数年で5回だなんて!」

 ちょっと――落ち着いてほしい。そして顔が近い。

「・・・へぁ?」

 開いた口から間抜けな声が漏れてしまった。私は一体どんな顔をしているのだろうか。想像としては、レジスに対する驚きと怯え、恥ずかしさと困った顔がブレンドされた状態のはずだけど。

 うん、想像もつかない。

「Aランクの依頼はね――」

 そんな私の様子を無視するかのように、レジスは興奮した様子でごくりとつばを飲み込みながら言葉をつむいだ。

「――賞金首ブラックリスト上位魔獣モンスターの討伐だよ」



 うん、


 とりあえず。

 レジスが興奮する程度に凄いということは理解できた。



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