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五話




「つ〜か〜れ〜た〜」

 寝室に戻ると、私はため息と共に誰もいない部屋で一人呟いた。

 レジスの如何に魔獣退治が危険かと言う説明をただひたすら1時間聞かされる破目になってしまった。

 嘘でも知っているというべきだったと後悔している。

 中位魔獣を倒すのにすら軍が派遣されるとか。騎士なら中隊から小隊、異能者や火器武装したものでも数人であたる、ギルド員に関しては熟練者が騎士に混じって組み込まれる程度、などという知識を披露されたわけだけど。

 結局のところ、私にはさっぱりもとい、ピンと来なかった。わかったことといえば私には無理と言うことくらいだ。

 騎士と言うのは言わばプロなわけだし、皆、レジスより――少なくとも私と比べるべくも無いほどに強いだろうという単純な考えからだけど。

 ちなみに、レジスがそんな知識を何処で得たのかという疑問はこの際放っておくとする。おおよそ、おじさんかフィリップといった所だろう。

 などと、私は父との夕食を終え、寝室で寛ぎながら今日を振り返っていた。

 体をほぐすべく、大きく息を吸い込むと同時に伸びをする。

 自分でも間抜けと思える気の抜けた音が口から漏れるが私は気にしないことにする。

 そして、ベットに背中から倒れこみ、天井を眺めながら今日一日のことをあらためて振り返えった。

 例の問題以外で父さんに確認を取ってみたけど特に変更点はないとのこと。その件以外では順調に事が運んでいるようで何よりだと思う。

 エドガーおじさんたちに謝罪したあと、簡単な食事を取って給仕の様子を見に行ったが、驚くほど順調だった。あの様子だと、皆経験があったのかも知れない。まぁ、見覚えのある人も数人いたしね。

 特に双剣の男、格好や髪型がまるっきり違っていたけど、あのキレのある動きは見た記憶があった。むしろ無かったとしても急遽、警備の人材から引っ張り込んだギルド員としては満点をあげることができるだろう。

 この様子なら今のところ、厨房以外ではまったく問題なしと見てよさそうだった。

 警備に関して私はさっぱりだったけど・・・・・・。

 とにかく、その、目に見えてとまではいかないけど、可能性がある問題の厨房もジェノスというギルド員のおかげで何とかなりそうだし。

 う〜む、他に何かあったかなぁ。

 あぁ、そういえば。フィリップが嬉しそうに古ぼけた本を持ってたなぁ。これは問題というより、変わったことだけど。

 う〜ん・・・・・・。 

 ・・・・・・。



 あぶなっ! うっかり寝てしまいそうだった。

 若干、意識を手放していたような気がする。

 流石にこのまま寝るとまずい。服に皺がついてしまう。

 私は慌てて、起き上がり、両手を大きく広げるように伸びをしながら再び思考に戻った。

 しっかし・・・・・・。

 レジスが急にギルド登録すると言ったのにはすこし、ほんとに少しだけど驚いた。

 確かにこのパーティーが終わればしばらく忙しい時期もないしタイミングとしては不自然なところなんて無いけどさ。

 だけど、なぁ・・・・・・。

 私は先月アイツがふとこぼしてきた言葉を思い出す。

『俺の剣でギルド員勤まるのかな・・・・・・』

 深刻そうな表情で言っていた言葉。まさかギルド員の一言でこうも簡単に決心するとはなぁ。

 その原因を作った人物も只者ではないみたいだったけど。まったく、レジスの興奮具合は驚いた。まぁ、もらった『お墨付き』が信用できるとわかったし良しとする。

 外見で人を判断してはならないとは、まったく持ってそのとおりであることを私は学んだ。

 まぁ、外見どおりの人もいるという事実を忘れるつもりも無いけど。

 う〜ん、あの人が三人いれば完璧なんだけどね。こう――分身でもしてくれないだろうか。

「あ〜〜〜〜」

 ありえないことを考えても仕方が無い。むしろ警護ではもったいない人材だし厨房に入るだけでも感謝しなくちゃね。



 しかし・・・・・・『それも・・・)あるかも』か・・・・・・他にも何かあるのかなぁ? 考えすぎかな?





「おぅし、んじゃぁ始めるか」

「「は〜い!」」

 日が出て間もない早朝。

 若干寝坊し、短めにした日課を終え、シャワーを浴びてすっきりとした私は廊下を歩いて私室に戻ろうとすると、私の日常には無い元気の良い声が厨房から聞こえてくる。

 ふと気になった私は、挨拶を兼ねて厨房の様子を盗み見るために足を運ぶのだった。

 中の様子を見ると昨日と同じ三人組が『トントン』『カチャカチャ』『ドスン』と不揃いで不規則でありながらも何処か小気味良く感じられる音を立てながら準備を行っている。



 今思えば、よくもまぁ去年は二人でこなしたものだ。

 漬ける、煮込む、寝かせるなど、手間のかかるものばかり、普段私たち親子は特別料理にこだわることがなく、簡単なもので済ましている。

 作ってるのはレイラだけどね。

 ちなみにレイラには現在、厨房への立ち入り禁止令が布かれている。エドガーさんいわく料理はまずくはないけどむらがありすぎる。

 とか言って誤魔化していたが、下手にデザート系を作らせないためだろう。

 流石に劇物をメニューへ混入させるわけにはいかないからだ。



 話がそれた。とにかく、パーティーで出す料理はそうは行かない。

 私たちの国や町特有の地方料理は2,3日かけて作る手の混んだ物が多い。

 特有と言っても発祥と言うわけではなくて、世界各国から集まった食文化を万国向けに改変したものらしいけど。

 まぁ、なんというか手間もそうだけど種類も多い。中には極東の郷土料理も取り込んでいるくらいなのだから。

 ――そういえば、エドガーおじさんが『一品に懸ける心構えを学ばされた』とか言っていたけど。

 おじさんにそうも言わせるとは・・・・・・恐るべし極東。是非とも本場でその料理を堪能してみたい。



 あぁもう・・・・・・話がそれてる。

 とにかく、招待客からかなり幅広い種類で期待がかけられているというわけなのだ。

 素人の私から見てもめんどくさそうな料理が多く、そしてそれを期待されている。

 それを凝り性な二人(そのうちの一人は極度の)で作業する。想像するまでも無いだろう。

 うん、改めて自分の浅はかさが嫌になってきた・・・・・・。

 ・・・・・・。

 お〜し!

 私は厨房に負けないくらいの元気な声で朝の挨拶をするために厨房の中へと踏み込んだ。



 ・・・・・・邪魔にならなければいいのだけれど。





「おはようございまっす!」

「おう! おはようエリスちゃん!」
「おはよ」
「おはようございます」

 私の精一杯の挨拶に、にっかり笑みを浮かべながらいつも通り元気いっぱいに返すエドガーおじさん。視線をこちらに向け片手を軽く挙げて作業にすぐ戻るレジス。微笑を浮かべて小さくお辞儀をするジェノスさん。

 三者三様の対応で挨拶が返ってきた。実に性格が表れていると思う。

 まぁ、レジスは声で返ってくるだけいいほうだけどね。集中すると没頭するからアイツ。  

 普段は人見知り皆無の(エドガーおじさんほどじゃないけど)ゆったり丁寧、陽気なやつだし。

 しかし現在、今レジスは大鍋を黙々とゆっくりじっくりとかき混ぜている。う〜ん、表情が真剣そのものだ。私との手合わせでもあんな顔を見た記憶は無い。

 くっそぅ・・・・・・絶対に目に物見せてやる。余裕を見せていられるのも今のうちだ!

 あっと・・・・・・そうそう。

「もう伝わっているかもしれませんが、念のため。今日のギルド員の賄いの件ですが、警備側は必要なくなりました」

「あぁ、その件かい。ならレイラから聞いているよ」

 やっぱり話してあったか。そうだろうとは思ったけど。

「あと、ジェノスさん。今日の講習は免除だそうです。最初には顔を出して頂きますが、その後はこちらの手伝いをして頂きますので。もちろん報酬は上乗せさせていただきます」
「ほぉ! それは助かる!」

 間髪入れるまもなくおじさんが歓喜の声を上げる。・・・・・・ごめんなさい。この喜びは現状の厳しさを物語っていると見た。

「はい、わかりました。・・・・・・報酬は別に元のままで構わないのですが。えっと、しかし、良いのですか? この国のマナーは詳しくないのですが」

 おじさんに続くようにしてジェノスさんが了承と共に、何かを呟き、そして若干困惑しながら尋ねてくる。しかしこの人、嫌に礼儀正しいな。

 いや、この国の人がフランクすぎるのか。私が硬すぎると言われるくらいだし。ちなみにフィリップは例外中の例外だ。

 しかし、おじさん・・・・・・うれしそうね。その笑顔が眩し過ぎます。

 いや、いつでもおじさんは喜、楽の象徴的存在だけど。

「問題ないですよ。フィリップからのお墨付きですので安心してください」

「はぁ・・・・・・。・・・それ・・れでプレッ・・・が・・・・」

 私は笑みを浮かべながら彼の不安を払拭すべく(そこまで不安でもないだろうけど)言葉をかける。ため息のような返事の後に何か呟いたようだけどうまく聞き取れなかった。

 なんか、余計なものを助長してしまった感が否めない。

 まぁ、大丈夫でしょう。

 ・・・・・・たぶん。

「・・・・・・ひどいやフィリップさん」

 訂正。確実に大丈夫だろう。二人に面識どころか交友の匂いが感じられる。



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