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1話


「消えて無くなってしまえばいい」

 オシプは自身の幼い体から、己を取り巻くすべてが気に食わなかった。変化の無い日常、退屈で単調な生活、意味を見出せない役割。そして、一方的な御小言に至っては思い浮かべるだけで頭が痛くなるほどだった。

 そんな気持ちも、癒す娯楽があれば紛らわせることができたかもしれない。しかし、この村には外界からの接触など月に1度の行商人が現れる程度であり、およそ娯楽というものは限られていた。

 それ以外で唯一と言って良い娯楽を増やす変化、つまり時間だが、その経過はオシプの心に暗い影を残す原因。苦難的意味合いが強いため、とても寛容に過ごし待つ気にもなれなかった。

 そのためか、次第に暗く静かに憂鬱な毎日を過ごしていた。

 オシプも初めは活発で明るい子供だった。
 物ごころがついたころ両親が何か危惧をしていることにうすうす気が付いていたが、そんなものを振り払うかのようにオシプは笑い、四肢を可能な限り元気に振り回した。そのたびに両親が嬉しそうにほっと安堵したかのように笑う事を学習したからだ。

 だから、四六時中、両親が寝静まる時以外は声を上げ、じたばたと暴れ、笑顔を振りまくことが日課となり、唯一の仕事でもあった。

 オシプが、両親の影の入った笑みは消え、満面の花咲くような笑みを見ることができたのは、己の体を起こし、二本の足で歩きまわるのに慣れた時だった。オシプはついに両親の不安を払拭することができ、これまでの仕事が無意味ではなかった事に気がつき安堵するのだった。

 しかし、オシプは新たな懸念を抱かずにはいられなかった。

 両親の顔や手に外の枯木のよな後を発見したからだ。その症状は、両親だけに収まらなかった。オシプの伯父叔母、従兄弟、甥姪、と呼ばれていた人物にまで例外なく見られた。心なしか元気がないように思える。

 たしかに、オシプは体がまだ動き難かった幼いころにも、そのいくつもの線を顔に持った人物を見た記憶がある。しかし、彼らをここ最近見ていないと言う事実に気がつくと心臓を握りこまれるような感覚を抱かずにはいられなかった。

 オシプは疑問に思う。明らかに変化し、違いが見てとれるその現象を指摘する者が誰もいない。
 むしろ会話の節々にその問題から避けているのではないかと思われる時がいくつかあった。

 しかし、オシプはその疑問を抱いてもすぐに口にすることはなかった。隠されているという事に良い感情は芽生えなかったが、尊敬すべき両親が無意味な行いをするわけがなく、また知られたくない目を背けたい物であるならば無理に聞き出す気も湧かなかったからだ。

 いや、正直に告白すれば怖かったのだろう。だがオシプは疑問が解消出来なくなる前には尋ねておこうと心の奥底で誓いを立てたのだった。


 とある気温が下がり始めた季節、オシプはとうとう両親にその問題を訪ねる決心がついた。

「どうして皆は手や顔に皺が出てるの? 困ってない? 僕に何かできることはないかな。何処か元気がないみたいだし心配なんだ」
「大丈夫だよ。オシプは本当に良い子だね。心配いらないから安心して。これは皆に必ず起きる決まり事なんだよ。オシプにもそのうち皆と同じになるかもしれないけどね、不安になる必要はないんだよ」
「でも・・・・・・みんな元気がないよ」
「皆は・・・・・・そう疲れているだけ。そうだオシプ。クコの実を採ってきてくれないかい? アレは疲れた時に良く効くからね」
「うん。それじゃぁうんと採ってくるよ。皆に元気になってもらわなきゃ」
 その時、母親の言葉を聞いてオシプは今まで悩んできたのが馬鹿らしくなるほどに不安を払われたようだった。実際、避けられていると思った事柄にもかかわらず、両親の顔には一切の陰りも無く、まるで心配していないのだから。

 そして、自分にも誰にも来ることだと聞かされて、これが自然な物だと認識し、その後は今まで以上に活発に、集落の遊び友達と森を駆け巡る日々が日常となったのだ。

 しかし、そんな日々に水を差すかのように、オシプにとって耐えられない出来事が襲った。自然の物だと認識したそれ――実際、自然な物だったが――は、緩やかに家族を奪ったのだ。

 皺くちゃになった家族は次々と動かなくなり、大樹と共に世界へ還っていったのだ。

 また、幼馴染や弟や妹、ましてや子供や孫のように思っていた仲間たちが何時の間にかオシプの背を超え、歳をとり老いていく様は強い孤独感を抱かせるのに十分なものだった。

 そして、その死を看取るたびに絶望感を覚えるのは耐え難い苦痛であり、時の流れを過ごすたびに、その無用に過ぎていく時の流れは煩わしく、嫌悪の対象にすらなっていた。

 しかし、オシプにとってそんな孤独と絶望という苦痛に慣れるの事には大した時間を感じ取れなかった。彼の一生と比べればそれこそほんのわずかな時間だったのだから。

 仮にもエルフである彼らの寿命は人間の平均年齢の3倍はあったが、オシプのそれはその比較にならないものであり、微かな成長は見てとれる間にも既に2世代は看取っている。

 神聖な血を色濃く受け継ぎ、能力の副作用によって長寿を義務付けられたのだ。しかし、オシプは思う。
 自身の時間を木々や生物に与える力。増殖、成長を、衰退をも与えるとも聞かされていた。
 一般化された意味、正確には速さを与える力であるが、その反動として己の時間が遅くなる。

 つまり、普段から時間を緩やかに過ごすという副作用のために、長く生きることができるのである。 羨望や妬みといった感情により、羨ましがられるこの力であるが、長く生きることに何の意味があるのかとオシプは疑問に思う。

 彼の知る限りでは、木の実や作物同様早く育った方が役立つわけだし、仮に死を迎えるとしても迎えた両親や知人は安らかであった。
 成長を阻害するというデメリットが見えるがメリットがさっぱりわからない事もあり『神聖児』『優れた者』『先祖帰り』などと上辺の言葉で持て囃されてもちっとも嬉しくなかったのだ。
 さらには、流れるように死んでいく者たちに対し愛着は薄まる一方であり、ついには悲しみどころか苛立ちすら感じることは無くなっていた。

 今では一人取り残されることよりも一人何時までも幼い姿であるという、オシプ自身でもくだらないと思える事に対して強いコンプレックスを抱き、それが今現在もっとも気に食わない理由となるほどに。

 つまるところ、先ほどの悪態の原因としてはそれだけの事であるが、力に対して嫌悪を抱いているのは確かなことだった。

 そんなオシプを知る由も無く、また一人成人を迎え大人らしい魅力を振りまきながら祝福される若者たちが前を通り過ぎる。

「なんで僕だけ」
 オシプは数十年ごとに変えている一人称であり、比較的初めのころに使っていた口調で嘆く。
 今の人称は割りかた気にいっているため他の人称より長期的かつ頻繁に使用していた。

 しかし、つい最近、ふと何処か強い印象を与える言葉を使いたい、そして考えねばという衝動にかられた。そして、ここ数日から使い始めていた口調で無意味ながらも改めて言いなおすのだった。

「何故俺が」
 オシプはこの人称を改めて口にすると、これ以上に素晴らしい言葉は無いと思った。
 気に食わない幼い声色が薄れた気がしたし、何より強く、荒々しく、粗暴な印象が自身にとって新鮮でもあったからだ。
 初めに使い始めた時には周囲の幼い同胞達の受けは悪かった。
 そして、そんな言葉使いを村の『長老』を名乗る皺くちゃ坊やが、年長者のごとく批難したが、オシプにはそんな言葉を聞き入れる必要性を感じられなかったため堂々と使い続けると心に決め、注意を受けるたびに腹いせとして、より粗雑な言葉を好んで使うようにしていた。


 ふと、僕だけではなかったな、とオシプは苦笑した。

「オシプ様。彼らに祝福を」 

 薄い緑色の髪をした少女が戒めるようにオシプに進言したからだ。その声には確かな批難の色があったが、オシプを慕っているのは確かな事実であり、揺るがないものだった。

「わかったよユリアナ」
 オシプは、自分自身ほどではないにしても長寿という限りなくエルフの特色を受け継いだ少女に視線を送ると諦めたかのように、手を組み黙祷するのだった。

 オシプを唯一素直に言い聞かせることができる少女、ユリアナは切れ目ながらも優しさにあふれた目で微笑んだ。

 ユリアナはオシプが同じ、それもより強いコンプレックスを抱いていることを知っていたことも、咎める気持ちを緩めてはいたのだろう。

 ユリアナは幼かった。精神ではなく外見がである。オシプの半分も生きていながらその様子は人間ならば10を超えてすぐと言ったものだ。そのため、能力がいかに優れていようとも、外観年齢で仕事を決められるこの集落では子供扱いされてしまうのだった。扱いは子供、しかし責任は長老以上に求められる。そんな状態では当然不満も出てくるのも仕方がないものだったが、ユリアナは不満を漏らすことはなかった。

 しかし、そんな気持ちを抑えられているのも、オシプの存在があるからだった。

 自身の倍は生きているにもかかわらず、ユリアナと同じもしくは幼い肉体年齢。どれほどの先祖帰りが起きた結果か想像もつかないほどに、深緑の髪と停止したと言ってもいいほどに緩やかな成長。集落からどれほどの間子供として扱われてきたかは想像するだけでもみじめなものだった。

 数十秒の黙祷のを終えると、オシプは小さくため息をつきながら、ユリアナが成人の儀を迎えた際に祈る気になるだろうかと考える。

 祈るだろう。数日ほど不貞腐れて引き籠ることになるのは確実ではあったが、そんな結論が出るほどにユリアナの位置はオシプに近かった。

「オシプ様。長老が神樹の前でお待ちです」
「わかった。もう・・・・・・ユリアナに任せたいんだけど」

 心底嫌そうに眉間を寄せて呟く。そして期待を込めた目をユリアナに向けた。

「私では恐れ多いです」

 ユリアナは静かにしかし、力強く断言した。

「俺がいなければユリアナがやっているさ」

 オシプは口元を窄めながらそうつぶやくと、突如足を止める。そしてなるほど、茫然としたような力の抜けた声で呟いた。

「もしもの話は無意味ですよオシプ様。現に貴方がいて私はその付き人なのですから」

 ユリアナは諭すように、しかし、あくまで敬いながらオシプに進言する。

「・・・・・・そうだ。もしも、もしもの話をしただけさ」

 オシプはユリアナから隠れるように口元を歪め、静かに己の発想を褒め称えるのだった。

 ユリアナがその様子に気がつかなかった事、それは彼女にとって最初と言っていい程に珍しい過ちだった。



 

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