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三話




「フッ」

 宿の裏手。人通りは無く、大通り通りの街灯から明りが見える程度の暗闇の中、息を短く吐く音と空気を断ち切るような鋭い音が規則的に響いていた。

 暗闇の一部となっているその人影は背丈ほどある棒を上段から何度も振り下ろしている。時折漏れた光によって輝き見える軌跡からその太刀筋はぶれずに整っており、日々の鍛錬していることが伺える。

 人影はしばらく素ぶりを続けたあと、暗闇から街灯に照らされている壁際へ向かい、手にしていた鉛の剣を地につけかがむようにして深く息をついた。

 淡い光によって照らされたその人物は、表情はその薄暗さ、屈んで顔に髪がかかっていためにうかがえない。しかし、おぼろげながらも齢が15、16程であるとの予想が立てられるほどに見て取れた。その人物は明るくも落ち着いた栗毛色の髪、そしてがっしりとした体格でありながらも何処か柔らかい空気を纏っている。

 額をぬぐう動作から少年の額には汗を流していることがわかる。その事に気がつく者ならば、頬がほんのり赤く上気していることがよく眺めることで確認できただろう。

 荒くなった呼吸を少年は息を整えると、ふと右手側にある宿に視線を向けた。そして初めてそこに一人の人物が暗闇と光の境界線とも言える場から膝を抱えてしゃがみ込むような体勢でこちらを見ていることに気がついた。

「こんばんは」

「こんばんは、精がでますね」

 少年がその人物に挨拶をすると、澄んだ声が返ってきた。男性にしては高く女性にしては低いその声、大きく厚手のものを羽織っているため体格はわからず、また、暗く姿がはっきりと確認できないため、少年は性別を判断することができなかった。

 少年は特に性別によって相手の扱いを変えるような人間ではなかったが、はっきりと確認できない人物というものに慣れているわけもなく、対応に困っているようだった。

「あ・・・・・・もしかして五月蝿かったですか? すみません」

 少年はこの人物が何のためにここにいるのかという疑問を抱いたが、一つの可能性にすぐに思い至る。

「いえ、たまたま外を眺めていたら目に入ったもので見学に」

 そして、声を落としていたとはいえ自分の鍛錬が迷惑をかけたかと思い謝罪をしたが、返ってきた答えは少年の予想と違うものだった。少年は、その声に優しい響きを感じ取ったのか、軽く安堵するように息を小さく吐いた。

「見学・・・・・・ですか。ジェノスさんは剣を習ったことが?」

「あれ? 私名乗りましたっけ?」

 少年は、しゃがんだ人物ジェノスに問いかけたが、それは違う疑問で返される。少年は「あ・・・・・・」と決まり悪そうにしてジェノスの問いに先に答えることにしたのか、ジェノスに数歩手前まで歩み寄ると、鉛の刀を脇に差し、丁寧な動作で挨拶を行った。

「失礼しました。僕はレジスと言います。宿の主人エドガーの息子です。何か御用があるときは遠慮なく仰ってください」

「なるほど、エドガーさんの息子さんでしたか。数日ほどお世話になりますね」

 レジスが自己紹介のあとに会釈をすると、ジェノスは相変わらずしゃがんだまま微笑み返した。その微笑みは普段のジェノスの印象より数段幼く感じさせるが、薄く静かな笑みだった。

「あ〜、剣を習っていたか・・・・・・でしたっけ?」

「あ、はい」

 ジェノスが先ほど聞かれたことを繰り返すと、レジスは若干あわてた様子と期待のこもった歳相応の明るい表情でうなずいた。栗毛色の髪が大きく揺れるほどの勢いだった。

「護身に嗜んだ程度ですよ。期待を裏切ってしまってわるいですけど」

 レジスの様子にジェノスは困ったように微笑む。期待に添えない答えを返した事が申し訳ないと言うかのように。

「そうなんですか、父から冒険者だと伺っていたので・・・・・・。あ、でも、ジェノスさんから見て私の腕でも勤まると思いますか?」

 レジスはその答えをそのまま受け止めることは無く、若干考え、真剣な様子で新たに問いかける。しかし、その様子にはジェノスを疑う様子は無く、ただ、己のために教えを請う意思が見えていた。

 その真剣な様子を感じ取ったのか、ジェノスは「フム」と口元に手を当てて唸ると、一つ一つ考えながら言葉を選ぶようにして評価を行うことにした。

「仕事によりますね。Cランクなら問題ないと思いますよ。すこし慣れれば簡単なBランクもできると思います」

 その言葉には穏やかで何処かおどけるような軽い響きが含まれている。しかし、ジェノスはふと言葉を区切る。そして緩めていた口元を引き締めた。

「しかし、あくまで簡単なものまでです。間違ってもAランクの依頼だけはやめておいたほうがいいでしょう。あれは自殺とそう変わりませんし、そもそも軍に回されるべきものですしね。要請があっても断るくらいの気持ちでなければ・・・・・・ね。好き好んでやるべき仕事ではありませんので。う〜ん・・・・・・レジスさんは冒険者になりたいのですか?」

 ジェノスの先ほどまでの様子から見られなかった、まるで諭すような真剣な言葉に、レジスはコクンと唾を飲み込みながら、小さくうなずく。

「いえ、後々は宿を継ぐつもりです。ただ、成人後、見解を広めるために旅に出ることになっていますので参考までにと思って」

 レジスの言葉に納得、もしくは安心したのかジェノスはうれしそうに息をもらすように小さく笑った。

「そうですか、無理だけはしないようにしてくださいね。あ、一緒に仕事をするときがあればよろしくお願いします」

「はい! その時はよろしくお願いします」

 レジスが笑顔で返すと、ジェノスは「よし」と小さく声を発しながら立ち上がると両手を挙げて伸びして、

「良いもの見れたし、そろそろ寝ますね。それでは、おやすみなさい」

「え、はぁ・・・・・・おやすみなさい」

 笑顔で就寝の挨拶をおくると自室にもどっていった。レジスはその様子を静かに見送る。

「変わった人だったなぁ」

 不思議な人だった。レジスがジェノスに抱いた印象はいくつかあったが、大まかな意味ではその一言での表現が妥当だと考えた。

「よし」

 レジスは小さい掛け声とともに、再び鉛の剣を腰から引き抜く。そして、再び上段から振り下ろす動作を反復して行うのだった。

 しかし、先ほどまでとは違い、その剣筋には僅かに小さく形を確認するかのような振りに変わっていた。



 陽が昇って間もない頃、小鳥の囀りを飲み込むように大通りの喧噪が徐々に大きくなっていく。身支度をすませたジェノスは厚手のコートを羽織った姿で宿のロビーへと降りて行った。

 ジェノスが降りてきた事に気がついたのか、エドガーがカウンター奥の部屋から顔を出しす。

「おはようございます」
「おう、おはよう。どうだジェノス、簡単なスープとパンしかないが食ってくか?」

「あ、頂きます。結局しっかりと食事を頂いちゃってる気がしますが。・・・・・・スープは何を?」

「オニオンとキャベツそしてベーコンだ。ついてこい」

 挨拶を交わすと、エドガーはにこやかな笑みを浮かべて、朝食の招待をしてきた。快くジェノスはその誘いを受けると、後に続いて歩き出す。すると、部屋の奥とエドガーから食欲を刺激する香りを感じると、クンと短く匂いを嗅ぎ小さく言葉を漏らすのだった。

「はい、あ、良い匂い。・・・・・・今までの宿はなんだったんだろう」

 ジェノスは今までの宿舎を振り返る。今までの常識が覆され、常識セカイが広がっていることに驚くと共に、昨晩から続く食事と言う幸福を噛みしめるが、数日後には再び元の食事になることを想像すると、憂鬱に思わずにいられなかった。

 酒場にも寄らず、栄養補給のとして必要最低限の食事しかとらなかったジェノスにとってそれほどまでにこの宿の食事は、久しぶりかつ異例の存在であり、滞在期間を伸ばすという誘惑に負ける予感をひしひしと感じさせるのだった。

「どうした? そんな難しい顔して」
「・・・・・・世界って広いんですね」

「・・・・・・寝ながら歩くなよ」

 エドガーからの呆れのはいった視線をジェノスは感じながら「起きてます」と拗ねたように小さくつぶやいた。しかし、その口元は微かにではあるが確かに緩んでいた。




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