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1話




 私ことエリス・ブラウンは学院を晴れて卒業し、昨年から宛がわれた書斎で日課と言っていい書類の整理を、憂鬱と期待という正反対とも言える感情を抱きながら行っていた。

 最近やっと学園を卒業した商人の小娘。そんな私の部屋とは思えないほど広い部屋をふと作業の手を休め、改めて見渡す。

 室内は物が少なく、私が現在作業している机と、左側に見える本棚、そして申し訳程度に部屋の右端にはテーブルと使われた形跡がまったく無い一種のアンティークと化したティーセットのみが配置されているというとても寂しい状態だ。

 薄暗いランプで照らされた室内はよりその印象を深めていた。

 部屋をあてがわれた当初は考えなかったけど見栄えと言うのも大事だなぁ、と部屋を見渡して改めて思う。

 見事に殺風景だこと。

 生活感がないとはこういうことを言うのかもしれない。

 う?む・・・・・・花でも飾ってみようか?

 いやいや・・・・・・いっそソファーでも買ってみてもいいかもしれない。

 ま、座る人などいないのが問題だけど。

 などと、実にどうでも良いことを私は真剣な表情で考えながら作業を進めるのであった。この不真面目な作業工程は珍しいものではない。初めは微かな緊張と真剣身をもって行っていたけれど、慣れとは怖いもので、効率的な習慣とともに作業を行うにおいて悪しき習慣が身につきつつある。

 というのも、この生活の始まりと学院の卒業からすでに一年が経っているからだ。だから、私はこの部屋にもだいぶ見慣れてきたと自負しているが、当初は自分の部屋が一つ増えることになるとは予想だにもしない出来事であり、その時は大いに私の日常を混乱させたものだった。

 私は、無意味な緊張感を単なる日常生活に味わっていたことに感慨を抱きながら苦笑をもらし、再び書類に視線を戻して作業を開始するのだった。


 私を憂鬱にさせる原因は三日後に控えるパーティーのことだ。

 身内や取引先の者を招いて行う懇親会のようなものだ。小規模なものである。

 とは言え、あのような堅苦しい――とまではいかないけど、独特の空気は好きになれないし、何より私は『礼儀正しいお嬢さん』を演じなければならない。

 使用人やギルドの面々ならともかく、流石に一介の商人の娘が領主様やその他の貴族、取引相手と対面するとなると礼儀と面子(主に両親と商会の)を守らなければならないのだから。

 ――あぁ、面倒くさい。

 両親からは、私のあり方や生活態度について小言を言われることはきわめて稀で自由意志、もしくは自覚的な行動やあり方をを求められ、任せられている。

 といっても、私が単にそう思っているだけでかも知れないし、母に関しては先々月会ってそれっきりだったりする。

 しかし、その代わりなのか、メイドのレイラと執事――と言っても業務の指揮が本職になりつつある。むしろ秘書のほうが正しいかもしれない。とにかくそのフィリップとが仲良く、もしくは交互に『レディーのなんたるか』について熱弁もとい、説教をする。

 私のあり方が問題ではあるのだろうけど、数時間に渡って時間を拘束するのはどうにかして欲しいと思ってしまうわけで。

 まったく! 私は十分レディーのつもりだというのに・・・・・・。

 ・・・・・・うん。

 父がもし今の回想を聞くことがあれば鼻で笑うに違いない。

 ふと、私と同じ白銀の髪をオールバックでまとめ、銀縁の眼鏡をかけたインテリ風の狐のような風貌の中年男性が口元を吊り上げ見下すように鼻を鳴らす様子が頭のなかに描かれた。

 ――コノヤロッ!

 普段口にしないような罵声を脳内で叫ぶ。

 仕方がないことだ。嫌に腹の立つ表情を連想してしまったのだから。

 現実に起こっていない出来事に対し私は一体何やってんだろうか、という事を思わなくもないが実にい腹立たしいモノを想像してしまったことは仕方がない。

 って、そうじゃなくて。

 とにかく、他にも私が憂鬱を抱くのに様々な原因があるわけだけど、私にとって重点を置く理由は、そのパーティーのおかげでそれを受ける頻度が頻繁になっていること。

 そして何より面倒なのが貴族だかなんだか知らない無駄にプライドの高い者の相手をし、ご機嫌をとらなければならないことだろう。

 この都市、セイルの領主様は気さくで良い方だし、身分に囚われず我が父を相談相手として重宝するあたり感謝と尊敬の念を抱く。

 そして、手広く事業を展開しているとはいえ遥々遠い海外からわざわざこんな商人が開く小さなそして、警備のお粗末なパーティーに集まってきてくれることはありがたいことはなのだろう。

 しかし、しかしだ。

 極稀、そう極々稀に嫌味な、そして自信過剰もとい、自意識過剰な人物も現れる。そういった人たちもその欠点を有り余って優れた部分を持ち合わせているわけだけど、相手をする我々にとっては困難かつ面倒であることは間違いないわけで。

 そのへん、昨年までの父を見る限りのらりくらりとかわしていたけど、今回初めて公の場に出席する私にそれができるのだろうか?

 まぁ、それは私が将来目指すことには必要な技術であるわけだし、良い経験になることは確かなわけで・・・・・・。ついでに言えばただ出席するだけなのだけれど。

 あああああああ、もう面倒くさい。

 平静を保ちながら書類をチェックしている私だけど、両手で頭をかき乱して悪態をつきたい衝動に駆られる。誰も見てないから取り繕う必要もないのだけど何故か悔しいので我慢する。

 ・・・・・・。

 よし、楽しいことを考えて気持ちを切り替えよう。

 気持ちが沈んでしまいそうだし。それにその忌まわしい数日が終われば待ちに待った旅行が待っているのだから。

 そう、旅行だ!

 しかも行き先はハルベルク皇国。将来あとを継ぐ――いや、一人前の商人になる私が初めて行くといっていい先進国家なのだから!

 ――つい感情が高ぶってしまった。
 危ない・・・・・・サインが――文字が砕けてきている。気をつけないと。

 ふと、深呼吸して思考を正す。

 私はここ数年国外に渡った記憶がない。父母共に飛び回っているが私は一向に帳簿などの書類の整理のみだ。

 そう言えば、皇国は3,4年前まで隣国と戦争してしていたなぁと、ペンの後方を顎にちょんちょんとあてながら思う。

 肌に触れるひんやりとした感触が心地よい。

 あれ? まてよ、記憶にはないけど一応十年前に滞在したことがあるはずだよね?

 私は戦時にそこにいたってこと? 話を聞いただけだけどそこのところどうなのか。

 ・・・・・・記憶があいまいすぎる。当時5,6歳だったから当然かな?

 などと不真面目に思考をしながら書類を整理しているうちにノルマは残り一枚になっていた。

 自室で私の仕事として割り当てられた書類の整理をすることが私の習慣となっているのだけど、初めはなかなかなれなかった。あらためて1年前を思い出してみると毎日続けるたこともあり、自分でも手際が良くなっているのが実感できた。

 しかし、私としては書類整理や帳簿以外の仕事に移りたい。一応は信用はされている。しかし、まだまだ交渉の場に立ち会ったことも無いと言う由々しき状態だ。

 そんなことを思い憂いながら私は心の不満を静めるがごとく数時間前に淹れた冷め切ってしまったフィリプお手製の紅茶を一気に飲み干す。

 うん、美味しい。

 冷めた紅茶が一番おいしいと思うのは私だけだろうか?

 私は最後の一枚へとペンを走らせるのだった。

 ――『コンコン』

「どうぞ」

「お嬢様、御夕飯のお時間でございます」

 控えめなノックのあと私は返事をすると、執事のフィリップが入室し、会釈をしてそう告げた。

 きっちりと斜め25度の姿勢で会釈する老執事の赤毛と白髪の混ざった頭髪に目に入る。

「わかったわ、これを片付けたら向かうから」

「かしこまりました。それではお持ちしております」

 フィリップに返事を返す。本人は切実に悩んでいる頭髪の配色だが、私は神秘的で良いと思うのだけれど、それを口にしたとき『歳が』どうとか嘆いたことを思い出す。

 そして、私が歳をとった場合髪はどういう変色をするのかという、実にどうでも良い連想をしながら日課を終えるためペンを走らせた。


 ・・・・・・はげるのだけは勘弁してもらいたい。

 御嫁にいけないなどと言うつもりはないが私も一応・・・・・・。





「それで? 仕事のほうは順調なの? スケジュールに変更が出そうなら早めに話してね」

 別に淡々と食事をすることは苦にならないことだけど、なんとなく父と会話をするために言葉を投げかけた。

 嘘だ。

 使用人部屋とそう変わらない一室で広くはないとはいえ、カチャカチャとした音が響くだけでは寂しく感じたからだ。

 小さい一室に二人の食事を置くのが精一杯のテーブルに、とてつもない存在感を放っている肉や野菜たっぷりの積み重ね、これでもかと言うほどホワイトソースが使われたアラウフラフを除けばオニオンスープ、いくつかのソーセージ、黒パン、そして安値で買ったワイン。贅を尽くしたとは言わないであろうもので占められてた。

 私はまったく無駄なものが無い部屋でそれを食しながら、使われていないアノ大きな部屋の事を思う。さぞ無駄の固まりになっていることだろう。

「特に問題はない。現時点では、だがな」

 父は端的に答えを返すとワインを一口飲み、口元をわずかに歪めて笑みを作る。見事に様になっている。初対面の人間が見たら冷たい、もしくは渋い、と表現する表情だ。

 父、エドワード・ブラウン・・・・・・外観とは裏腹に頭の中と性格は愉快な出来になっている父だけど、こういった仕草をみて堅物と勘違いする人達が多い。

 今この時に計画通りなどつまらんな、程よい玩具サプライズ――そう、スパイスが足りていないわけだ。などと至極真面目な顔で酷く不穏でくだらない内容の言葉をぶつぶつ呟くその様は変人以外の何物でもないというのに。

 初対面の印象と言うのは強く後々にまで響くと聞いたか読んだかしたことがある。

 その言葉が本当に正しいかは置いておくとして、実際に長々と付き合っていても明らかに外観通りに勘違いしたままだと思える人達が私の記憶の中だけでも半数はいたなぁと思いながら私は父の顔を眺めていた。

「そういえばエリス。旅行の支度は始めているか? パーティーの翌日には出発だぞ。今のうちに済ませておけよ」

 私のその視線を受けどのように受け取ったかわからないが父はニヤニヤと口元を歪めながら私に問いかけきた。

 まったく、楽しそうに何を言うのかと思えば。

「ご心配なく。そんなものは一週間前には既に済ませたわよ」

 私がどれだけ楽しみにしているのかわかっているくせに。

 ああもう、その生暖かい目はやめて欲しい。

「それはそれで早すぎるだろう」

 早すぎるなんてことはない!!

 私は心の中で叫び、私は父を睨み付ける。  

 くそぅ・・・・・。
 頬が熱い・・・・・・。

 わかっている。私が舞い上がっているのが周囲に知られていることくらい。

 父はそんな恥ずかしさと抑えきれない嬉しさ、そして自身の不甲斐なさに落ち込む私の様子を楽しむように眺め、口元に笑みをよりいっそう強く浮かべて言葉を続ける。

 はったおしてやりたい。

「いや、まぁ・・・・・・それほどまでに楽しみにしているというのは嬉しいものなのだがね。祖父母、もちろんお前のだが――に久しぶりに会うんだしっかりと愛想よくしてくれ。お前を連れてくと電話で伝えたら涙声で喜んだのだからな」

 ・・・・・・それは――。

「嫌なプレッシャーがあるわね」

 失礼をしたらと思うと心が痛い。というか毎年とは言わないがもっと私を連れてってくれればそこまで感極まることもないでしょうに。忙しくはあるが無理ではないのだから。そんなことを思いながらより無茶な提案を掲示する。

「そんなことなら皇国に住まわせてくれればよかったのに。あそこなら父さんも気楽でしょう?」

 私はニヤリと口元を歪めながら冗談半分残りは本気で言う。まぁ、戦時戦後すぐは危険だったし無理だったんだろうなぁと思いながら。

 あれ? ・・・私が幼い頃、いや出身と言う事はそれより前から父は皇国にいたわけだ。どういう経緯で今の状態に落ち着いたのだろう。戦時中だ、危険な目にもあったりしたのだろうか?

「無理だな」

 案の定父は真剣な表情で否定の言葉が返す。そして、

「俺の立場は弱いぞ、伊達に婿養子じゃない」

 父は似合わないほどさわやかな良い笑顔を浮かべながら言った。

 そっちかい。

 それにしても親指まで立ててホントいい笑顔だなこの男。戦時戦後関係を誤魔化している様子が微塵も無い顔して。

「・・・・・・威張ることじゃないわよ」

 まったく自分で言っていて悲しくならないのだろうか。私は頭を抱えたいという感情を押さえ微かに呆れた様子で言葉を発した。

 ――父が危険な目に遭ってないかったと知り、小さく安堵しながら。



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